![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| |ホーム|作者紹介|1|2|3|4|5|6|7|8| |
![]()
|
セピア色の韓国5 -----Original Message----- おばんです。弘前の石田です。 これがまあ 終の棲家か 雪五尺 一茶 五尺とは言わないが、三尺は降ったな。今回の寒波。やっと、小康状態だ。明日の朝、一回雪片付けをすれば、数日は休めそうだ。 清少納言は、春は曙、夏の雨、秋は夕暮れ、冬の雪、と言ったが、雪に風情を感じるのは京の都の話。こっちでは白魔でしかない。ま、子供達にとっては、雪でトーチカを作っての雪合戦やら、雪ダルマ作りに、落とし穴作り、そしてスキーと、雪は遊び相手だけど。私も子供の頃は、はいてるズボンの裾をゴワゴワに凍らせながら暗くなるまで外で遊んでたなぁ。40年も前の話。 シベリアにロシア脳炎があるとは知らなかったですよ、片山さん。どこにどんな風土病があるのか、わかんないもんですね。恐ろしい。 で、話は昭和45年11月の慶州に戻ります。 木造の質素な慶州駅の傍の、これまた質素な観光案内所で江陵行きの列車の時間や路線をチェックした。昨日から何回も顔を出してるので、顔見知りになってしまった。 江陵は日本海側にある風光明媚な地方都市である。韓国では日本海を東海、黄海を西海と言う。実に直截。江陵は、その東海に面した、白砂青松の海岸が美しいことで有名。 ![]() 《田園風景。のどかだった。日本の原風景がここにある。》 2、3年後のことだが、大韓航空のYS11がハイジャックされて、北に拉致されそうになったとき、機長がここの砂浜に胴体着陸を敢行して北行きを防いだことがある。 慶州も同じ東海側にあるから、鉄道は海岸沿いに北上していくものと私は何となく、勝手にそう思っていた。ところが、ないんだわ、海岸沿いに北上する線路が。 ソウル、大邱、慶州、釜山を結ぶ幹線は結構特急も走ってるが、ローカル方面はかなり不便なのだ。現地に来てみないとわからんもんだ。 結局、江陵に行くには、ソウル方面行きに乗って、内陸部の裡里という町でローカル線に乗り換えて行かなければならない。それも、時間の関係で鈍行しかない、という。江陵に着くのは午後8時過ぎだという。とほほ。 ま、急ぐ旅でもないし、鈍行には鈍行の楽しみがあらぁな。というわけで、鈍行に乗り込む。こちらの列車は広軌だから、新幹線同様、通路を挟んで3人掛けと2人掛けになっている。混み合ってるが、座れないわけではない。 しばらく田園風景を楽しんでいたが、私がバッグから旅のガイドブックを取り出すと、向かいに座って、オチョコでなにやらチビチビと飲んでいた白髭のじいさんが おや、日本語の本だね。お前は日本人かい? と言う。 こちらに来てから、私も気になっていたのだが、10人中8人くらいの人が私のことをアメリカ人だと思いこむ。 何故だ?私の身長が183センチあるからだろうか?私が、ジーパンにジージャン、黒革のアメリカンベレーといういでたちだったからだろうか?しかし、同じ身長、同じいでたちで日本の街を歩いても、誰も私をアメリカ人と思わなかったしなぁ。 分からん。今もって不思議だ。誰か考察してくれませんかね。 で、そのじいさんが、おい、日本の学生、お前も飲め、とオチョコを差し出す。ありがたく頂戴した。なかなか強い酒だった。ラベルを見たら「真露」と書いてあった。後日、日本でこんなに売れることになろうとは、私も、おそらく「真露」のメーカーも、この時は想像もつかなかった。 お流れとご返杯を繰り返すうちに、じいさんとすっかり仲良くなっちまった。 おい、日本の学生、加藤清正は韓国で死んだことを知ってるか? なかなかに学のあるじいさんであった。全然退屈することなく裡里に着いた。私はじいさんに別れを告げ、ホームに降りた。30分ほどで江陵行きの列車がやってきた。 ローカル線に乗ると、窓外の景色も一段とローカルになる。当たり前。未舗装の道にポプラ並木。白い韓服につば広の韓帽をかぶったじいさんが、牛を連れて悠然と歩いてる。絵になるなぁ。やっぱり私は田舎の子だから、田舎の風景に接するとほっとしますね。アメリカでもカナダでもヨーロッパでもそうだ。田舎に行くとほっとする。 この列車の中でも、私は、商用で出張中らしいおじさんと仲良くなった。酒は飲まなかったけど。日本の学生がたった一人でローカルの列車の三等車に乗って、外国人が行きそうにもない田舎町を目指しているということが信じられないようだった。 これも退屈することなく江陵へと着いた。おじさんが、お前、宿はあるのか、と聞く。これから探します、と言うと、目を丸くしていた。常宿にしている旅館がすぐ駅前にあるから一緒に来い、旅館の親父に言って部屋をとってやる、と言う。ありがたく好意にすがることにした。 午後8時を過ぎて、あたりは真っ暗だし、人口5、6万の街の駅前とはいえ10ワットくらいの街灯がポチポチとついてるだけの淋しいところだっただけに有難かった。 結構いい旅館だった。料金も安い。遅いチェックインだったのに、夕食も出してくれた。 結局、鈍行で正解だった。外国人ばかり乗ってる特急ではこんな触れ合いや体験はできなかっただろう。 さあ、明日は李栗谷の生家を尋ねてから、雪岳山までいくぞ。 長くなった。もう寝よう。では、では。 |
![]()