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セピア色の韓国4

-----Original Message-----
差出人 : 石田 隆章 <appleish@infoaomori.ne.jp>
宛先 : IGK FREE <igkfree@ml3.people.or.jp>
日時 : 1999年1月9日 20:44
件名 : セピア色の韓国 4
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おばんです。弘前の石田です。

急ぎの仕事が飛び込んだり、雪と格闘したりしていて、さっぱり進まないセピ韓です。

浦和の加藤さん、そろそろ出発ですね。昨日今日の日本をこんだけ冷やしてるのはシベリア寒気団です。北京の方がシベリアにうんと近いのですから、北京の方がうんとしばれてるのは当然ですね。モモヒキ、ちゃんと準備しましたか?老婆心、じゃなかった、おじさん心でした。土産話、期待してます。

で、セピ韓、どこまでいったっけ。

そうそう。昭和45年11月初旬。 韓国3日目の朝となりました。朝食を済ませて、さて、ではあの仏国寺へと行ってみるか。でも、慶州市街から仏国寺までは約20キロある。昨日みたいにテクテク、というわけにはいかないなぁ。貧乏学生にタクシーは負担だし、確か、仏国寺駅という停車場があって、そっから歩いて2、30分とか言ってたなぁ。バスがあるかも知れんし、とりあえず駅へ行ってみっか。

旅館からすぐの駅へ行き、傍の観光案内所で行き方を聞こうと思ったら、駅の前のタクシー乗り場で、日本人出張員とおぼしき人が、運ちゃん相手に仏国寺行きの交渉をしているではないか。

もしもし、差し支えなければ、相乗りさせて貰えませんか。料金半分負担しますので。

ん? ああ、いいよ。君は学生かい? だったら、3分の1でいいよ。どうせ、一人でチャーターするつもりだったんだし。

うひょー、もうけ、もうけ。というわけで、その親切なおじさんに相乗りさせて貰って仏国寺へと着いた。

私は、何故か、若い時から神社仏閣が好きなんです。信心する気持ちも薄いくせに。 知識としての宗教学は好きだけど。

で、うわさにたがわず、仏国寺はすんばらしかった。建物といい、青雲橋、白雲橋といい、多宝塔、仏塔といい、すんばらしかった。参拝客もまばらで、閑静な雰囲気が良かった。慶州市内外の他の遺跡とあいまって、1000年の昔を偲ばせるに十分であった。仏国寺は現在も宗教施設であり、遺跡ではないけど。

石窟庵は仏国寺からかなり山道を登った丘の上にある。山道は未舗装の狭いもので。傍らの紅葉した木々ではリスが盛んに冬支度に走り回っていた。そのリス達を見ながら山道を登って行くと、うっかり、悠然と横断中の青大将を踏みそうになった。これほんと。そんなに閑静だった。

石窟庵の中に入ってみると、一人の僧侶が何か用を足していた。別に説明要員としてそこにいた訳ではないが、我々に何かと説明してくれた。中の大仏様を、私はなでたり、さすったり、後ろ側へ回って眺めたりした。

ふと、石窟ドームの天井を見上げると、石組みがややずれているところがある。くだんの僧侶が説明してくれた。秀吉が攻めてきた時、清正の軍勢がこの大仏様を日本に送ろうとしてドームの解体を試みたのだが、頑丈でなかなか解体できなかった。そうこうするうちに戦が忙しくなったので中断した。日本勢が引き上げてから復旧しようとしたが、元通りに収まらなかった、と言う。あーあ、なんたる文化破壊。清正ならやりかねんな。三成なら、そんなことはせんかっただろうに。 同姓のよしみ。

16年後の昭和61年、私は慶州を再訪した。昔の面影はどこにもなかった。街も駅も観光案内所も博物館も近代的で立派になっていた。

仏国寺にも行って見た。アスファルトの広大な駐車場、土産物売りの群れ、俗悪な歓迎アーチ、日本からの修学旅行生の大群。石窟庵の大仏様はガラス張りで、遠くからしか拝観できない。あーあ、俗化しちゃって。

でも、地元経済界にとっては良いことだ。私の趣味の為に、あんたたち貧乏でいなさい、と言う訳にはいかんもんね。

この当時の田舎の民家。
《この当時の田舎の民家。今はもう見かけることないだろなぁ、この手の民家。》

ま、それは後々の話。仏国寺と石窟庵の見学を終えた私とおじさんは慶州市内に戻る。途中、運ちゃんが話してくれた。

運ちゃんは、朝鮮戦争のとき韓国軍の兵士として参戦したと言う。この時から見て、わずか17、8年前のことである。戦車兵だったと言う。アメリカ製の戦車はすばらしいと言う。エアコン完備で暑くもなければ、寒くもない。敵弾を受けて、エンジンルームから出火したが、消火ボタン一つで一発で火が消えた、と言う。うーむ、アメリカさんは戦闘員をあまり消耗品として考えないからなぁ。

そんな話をしてる内に市内へ戻った。もう、昼を過ぎていた。私はおじさんに礼を言って別れ、昨日の食堂に入って今日はヒビムバを食った。やっぱり50円くらい。お上品に箸でつまんで食ってたら、食堂のおばさんが笑いながら教えてくれた。スプーンで豪快に掻き回してから食うのだった。知らなかった。

さて、メシも食ったし、慶州に別れを告げ、汽車に乗って江陵へ向かうか。

汽車の旅の様子はまたこの次ぎ。

さぁ、明日も早起きして雪片付けだ。早めに風呂入って寝るとしよう。

では、では。